職人の技あり日本
- HOME
- 職人の技あり日本
竹内快速鋸について
2009/06/03
半世紀以上に渡り、鋸作りを天職と心得、他のものに目もくれず、真に使いよい鋸作りに寝食を忘れて没頭して参りました。
私は秋田県出身です。
今では僅かになってしまった、鋸会社の中の一つです。
40年前、三条に鋸業者は250社を数えましたが、廃業廃業で大所帯の三条鋸振興会も人数が減り続け、組合を維持することも困難となり、解散となってしまいました。
私は平成16年の7.13水害の悲惨な災禍に合い、全てを失いました。
再起に立ち上がりましたが、六ヵ月間は無収入となり、大きな借金をし社員の月給を払っていました。
工場内も泥の山と聞いて、行く事もならず、せがれ一人に任せました。
自宅も平屋であったため寝る場所すらもなく、部屋の中に櫓を組み、合板を打ち、畳を三畳敷き、数ヶ月はごろ寝で過ごしたのが今となっては夢のようです。
それが転機となり、千人に一人が使う鋸作りを脱皮し、真に使う方の役に立つ道具を作ろう、売上げも水害前の3倍にすると宣言したのです。
インターネットを通して、多くの方に何処が匠の技なのか、どんな特徴があるのかを聞いて頂きたいと思っています。
私は秋田県出身です。
今では僅かになってしまった、鋸会社の中の一つです。
40年前、三条に鋸業者は250社を数えましたが、廃業廃業で大所帯の三条鋸振興会も人数が減り続け、組合を維持することも困難となり、解散となってしまいました。
私は平成16年の7.13水害の悲惨な災禍に合い、全てを失いました。
再起に立ち上がりましたが、六ヵ月間は無収入となり、大きな借金をし社員の月給を払っていました。
工場内も泥の山と聞いて、行く事もならず、せがれ一人に任せました。
自宅も平屋であったため寝る場所すらもなく、部屋の中に櫓を組み、合板を打ち、畳を三畳敷き、数ヶ月はごろ寝で過ごしたのが今となっては夢のようです。
それが転機となり、千人に一人が使う鋸作りを脱皮し、真に使う方の役に立つ道具を作ろう、売上げも水害前の3倍にすると宣言したのです。
インターネットを通して、多くの方に何処が匠の技なのか、どんな特徴があるのかを聞いて頂きたいと思っています。





